デリンジャー
金具を必要としていた。失くしたネジを買いに、山向こうの街へ出た。
ムラサキ色の大気が、故郷の湖に溶けている。列車311号の扉が開く。
次は「方便、方便」。いつまでも忘れている次の駅の名前。
エイブラハム・リンカーンが暗殺された日の新聞を見たことがある。
使われた銃の名前は「デリンジャー」。まるで映画の中のスパイが使う秘密の暗号。
そして鳴るクジラ語の到着報。列車を捨て去るように降りる。
路傍の花、くちなし。誰かの腕時計が落ちている。
日記帳はそこで終わっていた。名前はまだ無い。